後ろの正面 誰ぁれ♪
 


     5



街角で いつもの真っ黒くろすけな風体だった芥川と遭遇し、
異能の虎が吠えたわけじゃあないが
何だか雰囲気が違うから 本人じゃあないでしょとあっさり見抜いた上で、
捕縛対象だった組織のお抱え異能者により 中也 in という状態にあるという
ややこしい事情を当事者から訊いていた敦くんはともかく。(それもまた相変わらずな 1 参照)
毎度の体でのおさぼりの拠点とするために不法侵入した
中原幹部殿のセーフハウスに居た、こちらはこちらで “芥川 in 中也”と顔を合わせてほんの数刻。
不機嫌そうで言葉少なな幹部殿との二言三言のやり取りののち、
本来なら相当にややこしい事態なはずの現状を
自身の観察眼と推察だけであっさり把握している太宰の慧眼の恐ろしさよ。

 「油断したね芥川くん。
  中也は随分と表情豊かで、
  敵への凍るような弑逆の顔から 馬鹿笑いしつつの間の抜けた顔まで、
  そりゃあバリエーション豊かな貌が出来るんだ。」

日頃のキミのように表情乏しいままでいるなんてありえないのだよ なんて、
鼻高々な様子で さりげなく褒めてはない言いようを混ぜている太宰なのはともかく、

 「そうだぞ。中也さんは そりゃあカッコ良かったり可愛かったりするんだからな。」
 「……敦、それ威張れることなんか?//////」

可愛い愛し子が自分に関することを自慢げに言い、
嬉しそうに胸を張っているのは、恋人だもの微笑ましいと思いはするものの。
太宰が口にしているのだ、腐しているに違いないと
あっさりと挑発に乗りかかってのこと、不機嫌そうに一気に眉が寄ったまま、
それへ畳みかけるように続いた虎の子くんの言いようへ
ついつい肩越しに 訝しげな貌を向けた中也 in 芥川だったのも致し方あるまいて。
とはいえ、あんまり無理から眉寄せると またぞろ顔がつりますよ、黒獣の中也さん。(笑)
すぐ目の前で “がるるる…”と自分を鋭く睨みつけているのが
姿は従順なあの芥川でありつつ 実は重力使いの元相棒だということや、
乱入して来た彼と敦によって引き離された、帽子つき最小幹部殿こそ
中身は自分の愛し子の芥川であるということなどなど、
ちゃんと実情を把握していても、そこはやっぱり違和感満載なこの状況へ、
やれやれとあらためての苦笑をこぼした包帯探偵殿で。

 「ま、そういった御託はともかく。
  この忌々しい状況をとっととどうにかしなきゃあね。」

確かに奇矯な事態であり、コントじみたやり取りばかり続けていても限がない。
コトが中也にのみ振りかかっている災難じゃあないだけに、
すぐの手前に居る、いかにも憤怒の雰囲気満々な長外套の黒獣の覇王様とそれから、
一番遠い位置まで避難させられている赤毛の幹部殿、
ただし中身は入れ替わっている状態のマフィア二人を、何処ぞかの好々爺よろしく おいでおいでと手招きし。
お師様相手に “偉そうにすんじゃねぇよ”との舌打ち付きで踏ん反り返っているところを
是非とも動画で撮っておきたくなった 中也 in 芥川の横へ、
こちらはこちらで、日頃ならもっと喧嘩腰の険しい貌になるところ、
極端な委縮こそしてないけれど ちょっとよそよそしいかも知れぬほど
落ち着き払った態度で粛々と歩み寄って来た、芥川 in 中也が並ぶ。
そんな彼らそれぞれの肩へ ポンっと頼もしい手を乗せ置いて、

 「元の器へ戻りたまえ。」

そんな風に声を掛けつつ、伏し目がちになった太宰が意を込めたれば。
異能が発動したのだろう、微かに青い光が淡く放たれて、
彼のチ―トな異能 “人間失格”が発動した模様。
特に刺激や衝撃があるわけではないらしく、

 「……。」
 「……?」

まずはキョトンとしたままだったマフィア二人、
何故だか相手がいない側を向きかけてから “あれれ?”と逆へ向き直る。
相手の立ってた位置への把握が逆になってたからで、
視野へと収まった貌をまじと見やり、それから自分の手や体をぐるぐると見回してののち、

 「戻った、のか?」
 「のようですね。」

厄介な悪戯が解除されたことをお互いで確かめ合ってから、
ほうと小さく吐息をついてのさて。
中也がやっと頭上へ戻ってきた帽子に手をやって直しつつ、
まずはと口にしたのが、

「芥川。手前、ただ気管が弱いってだけじゃねぇだろう。」
「?」

いきなり何を言い出すかなと、
はい?と言いたげに目を見張った さっきまでは自分のそれだった顔へ。
ああ成程、こんなちょっとしか動かねぇ表情でも何を想ったかは案外と把握出来てるもんだよなと、
先程 敦の観察力に舌を巻いたの思い出しつつ。
勿論のこと、誤魔化されはしねぇぜと続けたのが、

 「喉だけに限らず、無理をしたまま治りきってねぇ感触があちこちにあったぞ?」

その“器”に宿っていたからこそ感じた感触のようなもの。
自身が体術使いで、その身を自在に操るからこそ ようよう拾えた手ごたえのようなもの。
彼が黒獣として異能を使役させているその痩躯が人知れず抱える不具合を
こんな格好であれ、ずっしりと体感した幹部殿であったらしく。

 「激務で負った怪我や何や、復調させないままでいるんじゃねぇといつも言ってるよな。
  体力が無いなら無いで、日頃からしっかり温存する習慣とか付けとかねぇと、」

何せ自分と同様に実戦配備組。
しかもその実力を買われているからこその切り札扱いなので、
攻勢の組み立てを任されることもないではないが、
組織だった策の中であっても いきなり難敵へ振られる事の多い立場だというに。
渾身の戦闘で完全燃焼したその上、有るか無きかも判らぬ底力まで汲み出しての
力尽きて倒れるの上等という姿勢は何とかしとけと。
上司ならでは、しかも言を左右にして逃げられない実感つきという格好で
説教しかかったところ、

 「中也、その辺にしときなよ?」

その禍狗さんの胸元を羽交い絞めするかのように、背後からだろ伸ばされた長い腕がある。
肘から先が白い包帯に覆われた腕が黒衣に映える様相のまま、
羽交い絞めというよりもカバーしてという伸ばされよう。
中也の身ではなくなっても自身より十分小柄な芥川の 楯だか鎧だかとなりたいか、
ちょっと後方から見ていた敦には
おんぶしているようにしか見えないような有様だったが、

 「この子に関すことで私以上に詳しいやつなんて存在しちゃあいけないんだからね。」

言ってることはなかなかにご立派で。
とはいえ、頬の線しか見えなんだ虎の子くんにも
気概のようなものは伝わったらしく、

「太宰さん、笑顔が怖いです。」
「覚えとけ、敦、こいつのこの傾向の顔はな、かなりえぐいこと考えてる顔だ。」

胡散臭げに言い放つ元相棒の言へ、
肯定としか解釈できそうにない 意味深なにやにやをお顔に乗せたまま、太宰が続けたのは、

「それより。キミ今日は非番なのだろう?
 そこの敦くんでも掻っ攫ってって、1週間ぶりの骨休めでもしたらどうだね。」

「太宰さん…。」

ボクもそれに太宰さんも就業中ですよと、
なに言い出すかなと困ったような貌になった敦へ
言われるまでもなく さりげに歩み寄りかけていた幹部殿が途端にがばっと振り向いて、

「敦でもってのは何だ、でもってのは。」

言うに事欠いてそっちですかと斜め上に感じたのは虎の子くんだけ。
マフィアに居ると頭の回転が速くなるんだなぁ、でも方向までかっ飛ぶのは困りものだなぁと、
ついのこととて乾いた苦笑を滲ませる。
どこまで冗談なんだろかと、思っておれば、
丸め込まれた格好を装ってた中也さん、
肩越しにピンと太宰へ向けて弾いたのがプラスチック製のカードが一枚。

 「ドアの惨状は何とかしとけ。
  少なくとも正当なその鍵使えるように復元しとけよな。」

あああ、そうでした。
この人ったらカードでの認証システムだったらしい錠前を物理的に壊したらしいんでしたっけと。
いつも中也を脳筋とか体力莫迦とか言ってる割に、
似たようなことやらかしたの思い出してる芥川の文字通り頭越し、

 「管理会社呼んだ方が早くない?」
 「阿呆、方法は自分で考えろ。」

日頃 脳筋の大猩々めとばかり、力技をあげつらってる相手からの罵倒へ、
律儀に言い返している辺り、
自分でも 例えば携帯電話や通信系の端末でのハッキングとかどうとか
サイバー方向での小細工も出来たろうにとちょっと反省しているのかも。
ごちゃごちゃ言い合う格好のまま、
玄関まで中也と敦をお見送りした太宰を見送り、
半日ぶりの自分の体へ色々とホッとする。
中也にああは言われたものの、
ちょっとした身動きまでそりゃあなめらかに動きすぎて それはそれなり神経を使った、
先達のメンテ至れり尽くせりの身も、慣れない自分には結構な負担だったなぁなんて思い起こしておれば、

 「やっぱりその姿が一番だね。」

此処は中也のセーフハウスだというに、
やっぱり仲いいんじゃないですか?と敦のみならず芥川にも最近思わせるよないい調子で
追い立ててしまった手際を発揮したらしい、背高のっぽの策士殿がリビングへと戻って来て。
歌番組のMCよろしく にっこり笑って
さあおいでと双碗広げられても、幼子でもあるまいに勢いよく飛び込むなんてそうは出来なくて。

 「えと…。」
 「……。」

ただし、以前と違って折檻は無しと言っちゃあいるが、
気概まで均されてはないものか、それとも だあ面倒だと思って奥の手扱いにしているものか、

 「…芥川くん?」

やや固まった笑顔に微妙な雰囲気が滲んだのを嗅ぎ取り、
あ、これは怒かっておいでの時の貌だと焦らせる格好、
性急にならざるを得ないように操作してちゃあ進歩ないんじゃなかろうか。(う〜ん)
とととと…と小走りで近寄れるようになっただけでも成長はしており、
恐る恐るにぱふりとおでこ辺りをくっつけるので精いっぱい。
シャツ越しに伝わるちょっと堅くて頼もしい胸元の感触は、
自分よりよほどに精悍な体躯をしている御師様だということを示しており。
両開きのフランス窓のように。開いた格好だった両腕がふわりと閉じられてくるまれ、
やさしい温みと仄かな花の香りとに総身を包まれて、

 「やっと落ち着けるね。」
 「〜〜〜〜〜っ。//////」

間近から降ってきたのは少し低められた甘い声。
ああこれだからと、まだ慣れるには時間のかかりそうな至福へ、
耳まで赤くした鏖殺の覇王殿だったりする。





     〜 Fine 〜    19.09.17.〜10.14.

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 *何だか細切れなUPになってしまって申し訳ありません。
  ややこしい一件を、出来るだけビジュアルに判りやすいよう心掛けてみましたが、
  冗長さが増しただけでした。(とほほ)
  カードキーシステムも針金で解錠しちゃう太宰さん。
  それってただの破壊工作じゃなかろうか。
  でもハッキングって方向での解錠だと データって恰好で証拠残しちゃいますものね。
  一応削ったエピソードもあって、
  黒獣さんの身へ中也さんが入れ替わってる隙にと、
  こっそりお風呂入っちゃうってのは脈絡なさ過ぎるかなぁってのが、
  微妙すぎて没にしたネタでした。(笑)